







先日は、岡山県の深い山中にて、お墓じまいの撤去作業をさせていただきました。
「道という道がない」という言葉通り、たどり着くことさえ困難な場所でした。途中、道が崩落している箇所がありましたが、スタッフと力を合わせ、土を入れ、板を敷き、一輪車が通れる道を自分たちの手で作り上げました。
一輪車すら入らない急峻な場所では、石を運び出すために細かく解体し、声を掛け合いながら、一つ一つ手作業で下山させました。
今回のご依頼は、創価の同志の方からでした。地元の石屋さんから高額な見積もりが出て途方に暮れていたところ、「あそこなら」とご縁をいただいたのです。
作業を進める中で、御先祖様が備前焼の大きな鉢に大切に収められているお姿を拝見しました。その量、骨壺8個分。幾多の歳月、この山の上で、御先祖様はご家族を見守り続けてこられたのだと思うと、胸が熱くなりました。
日蓮大聖人は「恩を知るを人という」と仰せです。
また、池田先生は次のように語られています。
「広宣流布の道も、また人生の苦難の道も、一人では歩めない。同志がいればこそ、どんな険しい山も登りきることができる。感謝の心こそ、崩れざる団結の源泉である」
まさに、今回の作業は一人では到底不可能な挑戦でした。しかし、熟練のスタッフと声を掛け合い、知恵を絞り、チェーンブロックを駆使して、一つ一つ困難を乗り越えていきました。それは、御先祖様への報恩の思いと、ご依頼くださったご夫婦への真心があったからこそできたことだと確信しています。
すべての作業を終えた時、ご依頼くださったご夫婦から「本当に真摯に対応していただき、このご縁に心から感謝します」というお言葉をいただきました。
その言葉をいただいた時、山道を登る苦労も、重い石材を運ぶ疲労も、すべてが清々しい喜びに変わりました。
私たちが石を運び出す作業は、単なる撤去ではありません。御先祖様を、より近くで、より大切に供養させていただくための「新たな出発」のお手伝いであると、改めて感じました。
このような尊いご縁をいただいたことに、深く感謝申し上げます。
これからも、どんな困難な現場であっても、一回一回のご縁を大切に、誠心誠意、心を込めて仕事をさせていただきます。
