
先日、お墓じまいの改葬許可申請のため、岡山県倉敷市へ足を運びました。
お墓じまいは、単なる事務手続きではありません。ご先祖様との絆を、次の世代へどう繋いでいくかという、非常に大切で繊細な儀式です。しかし、現代において、その権利関係や管理主体を調べることは、容易なことではありません。
今回のお客様は遠方にお住まいで、お墓の管理者が誰なのか、どこへ連絡すべきかという情報が途絶えてしまっていました。行政の窓口へ相談しても、複雑な区画事情により「お客様自身で探してください」という返答。途方に暮れる中、倉敷市役所から私は現地のお墓へと向かいました。
広い墓地を歩き、畑仕事をしている方、犬の散歩中の方……出会う方一人ひとりに「お墓の管理者はどなたでしょうか」と尋ね歩きました。
ふと、池田先生が語られた「心と心の対話には、限界がない」という指導が胸をよぎりました。また、日蓮大聖人の「冬は必ず春となる」(御書1253ページ)の一節が思い出されます。どんなに困難で、先が見えないような「冬」のような状況であっても、誠実に動き、対話を諦めなければ、必ず暖かな「春」がやってくる――。その確信を持って、最後の一軒へと足を向けました。
夕闇が迫る中、勇気を出してインターホンを押しました。丁寧にご説明を差し上げると、ご近所の方が協力してくださり、ついに町内会長様のお宅へとたどり着くことができました。19時という遅い時間にもかかわらず、会長様は私の説明を真摯に聞いてくださり、「明日、サインをしましょう」と快く引き受けてくださったのです。
この瞬間、張り詰めていた糸が緩み、安堵の涙が出そうになりました。
翌日、閉眼法要にお越しになったご家族に、この結果をご報告できました。私が導師を務めさせていただき、オシキミを供え、真心を込めて読経をいたしました。最後はご家族の皆様の晴れやかな笑顔が見られ、これまでの苦労がすべて喜びに変わるのを感じました。
この日、ふと感じたことがあります。
それは、かつて「男子部」として夜な夜な家庭訪問を繰り返したあの頃の記憶です。当時はただがむしゃらに、一軒一軒、見知らぬお宅のドアを叩いていました。あの日の泥臭いような、でも熱い対話の訓練が、今の私を支えているのだと確信しました。
どんな経験も、決して無駄ではない。「なんでも自分の糧になっている」という実感は、人生を力強く前進させるエンジンです。
これからも、一つひとつのご縁を大切に、お客様の不安に寄り添う「心の架け橋」であり続けたいと強く誓った、忘れられない倉敷の一日でした。
さあ!今からが本番です。撤去作業,お遺骨の取り出しや洗骨乾燥などやらねばならない事が山積みです。頑張ります!
最後に、琵琶湖墓園にお届けするまでが勝負です!

